日本の記者で、最も長く外部との接触を完全に遮断された「バブル」内で取材している。五輪の準備状況を伝えるため、北京入りしたのは1月4日。五輪参加証があれば査証(ビザ)なしで入国できるようになった初日だ。もう1カ月以上になる。
最初は面食らった。飛行機を降りた瞬間に防護服に身を包んだ税関職員らに出迎えられ、ターミナルを進んでも一般客は1人もいない。出会うのは防護服姿の係員ばかりだった。涙ぐむほど鼻の奥まで綿棒を突っ込まれるPCR検査に、荷物にも振りかけられる消毒液。「ああ、これが北京のバブルか」。そう実感する出来事はしばらく続いた。
宿泊するホテルの周囲にはフェンスが張られ、専用車両が出入りするときだけ開閉される。報道陣の拠点となるメインメディアセンター(MMC)とホテルの間を移動する専用車両では、こんな出来事があった。
着込みすぎて暑く、汗ばんできた。「少し、外の冷えた風に当たろう」。そう思って窓を開けようと開閉ボタンに手をかけると、運転手に制止された。聞けば、バブル外で窓を開けることは固く禁じられているという。
「これが『ゼロコロナ』政策をしている中国なんだな」。原則、入国して14日間経過すれば自由に外出もでき、公共交通機関も使えた昨夏の東京五輪とはレベルが違う厳格さ。思わず舌を巻いた。
そうして2週間ほどが過ぎたころだったと記憶している。東京にいる上司から1本の電話が入った。「五輪の延期と中止の原稿、念のために準備しといて」。前日に観戦チケットを一般販売しないことを大会組織委員会が決めていた。何が起こっても対応できるように準備しておくことは鉄則だ。記者になって14年。それは嫌というほど分かっている。
でも、思わず口に出た。「この中国で、このバブルで開催できないんだったら、どこも五輪なんてできないですよ」。バブルの厳しさを、身をもって感じているからこそ、出た言葉だった。本当に、それほど徹底している。外の世界と交わることは全くない。
MMCがある北京中心部とスキーなどが行われる河北省張家口を結ぶ高速鉄道が使えるようになった1月21日。駅や鉄道をどうやってバブルにするのか知りたくて早速乗りに行くと、予想以上だった。北京中心部側の清河駅。駅の南口を一般市民、北口を五輪関係者用に分け、間にはガラスの壁が立つ。駅のプラットホームは柵で区切られ“外の世界”とは10メートルほど離れている。これでは飛沫(ひまつ)もバブル外には到達しない。列車は1〜5号車が五輪関係者専用で、一般乗客が利用する6号車以降に移動できないよう通路のドアが閉鎖されていた。ガラスや柵越しに見えるのは、椅子に座って電車を待つ人、売店で買い物する人たちの姿。異世界のように感じられ、どこか不思議な気がした。
同じ便で渡航した写真部の先輩と、北京入りして10日ほどたったある日の車中でこんな会話をした。「これは何か壮大な実験かもしれないですね」「もしかしたら、火星に移住して生活する実験じゃないか」
もちろん冗談だが、こう空想してみた。バブル外には酸素がない世界が広がっていて、ホテルの敷地から一歩でも出れば息ができなくなってしまう―。そんな世界なら移動中に車の窓を開けられなくても仕方ない。そう考えて自分を無理やり納得させ、自由に出歩けないストレスを抑え込んだ。
バブルは「クローズドループ(閉じた輪)」と表現される。中国語では「閉環管理区域」だ。まさに、その閉じた輪の中で生活し、五輪開幕が近づくにつれ、バブルの住人もグッと増えてきた。
私の出張はパラリンピックが終わるまで。3月16日に帰国の途につくまで「仮想火星移住」生活はしばらく続く。(共同通信・柄谷雅紀)